この地域の人の活動を残したい。Oh!KUMA写真クラブの上田さんにインタビュー

こんにちは。東京相双化計画 編集部のゆうかです。

今回は、新しく東京相双化計画の仲間になってくださった方へのインタビュー。Oh!KUMA写真クラブを立ち上げ、大熊町を中心に写真を通して地域と繋がる取り組みをされている上田さんにお話を伺いました。

大熊町ってどんな町?

大熊町は、福島県浜通りの双葉郡にある町。古くから農業や果物の生産が盛んで、キャッチフレーズは「フルーツの香り漂うロマンの里」。

企業支援拠点の大熊インキュベーションセンター(IOC)をはじめとして、水耕栽培のイチゴ農園「ネクサスファームおおくま」や大熊町にキウイフルーツを復活させる「おおくまキウイ再生クラブ」など、新たな活動が盛んな町です。

インタビューの様子

仕事をきっかけに始めた写真にハマって。

ゆうか:もともと写真は趣味で始められたのですか?

上田さん:はい、趣味で。
子供の頃から絵を描くのは好きでした。写真はどちらかというと仕事をきっかけに始めたんです。携わったイベントの記録を撮るために写真を始めのですが、その後、仕事繋がりで車のレースのサーキットに誘われて。そうしたら、車のレースの写真を撮ることにハマってしまったんですよ。笑

ゆうか:へえ〜。仕事の写真撮影が入り口だったんですね!

上田さん:そうそう。写真撮るのにすっかりハマってしばらくして、たまには賞でも応募してみようと思って、日本写真家協会の年度展に応募してみたんです。そしたらそこで入選しちゃって。写真好きな人って、そういうことがあると、さらにどんどん沼にハマっていくんですよね。笑

ゆうか:すごい!それは確かにハマってしまいますね。笑

ルマンで1993年日本写真家協会入選
国内レースで1992年日本写真家協会入選

浜通りに関心を持ったのは東日本大震災のとき。ボランティアに行かなかったことが心残りだった。

ゆうか:福島に関心を持ったのも、写真がきっかけで?

上田さん:福島に関しては、僕はもともと新入社員の時に3年間福島の郡山に住んだことがあって。その後、東日本大震災があった時、僕の周りの人たちは結構ボランティアに行っていたんですよ。その時、僕も行こうかな、と思ったんだけど、葛藤みたいなものがあって、なかなか行けなかったんですよね。それが心に残ってて。

それで3年前、自分が定年になる年に、会社の制度で約10日間のお休みをもらったんです。ちょうどコロナが落ち着いたタイミングでもあったので、浜通りをいわきから行けるところまで北上してみよう、と思ったのがきっかけです。いわき伝承未来館から始まって、いわきの小名浜からちょっと上の久之浜という津波の被害を受けたあたりから、ずっと北上して・・・。

いわき市岩間防災緑地の震災モニュメント

いわき伝承未来館のお母さんから言われた言葉。言われなかったら、今みたいに関わることはなかった。

上田さん:旅をしている中で印象的だったのが、いわき伝承未来館の語り部のお母さんから言われた言葉です。その時、国道6号線沿いは、ピカピカになっているんだけど、そこから横道に入ってみてほしいって言われたんですよ。今でも全然10年前と風景が変わらないから、それを見てほしいって。

その言葉を言われなかったら、今みたいに福島に関わり続けることにはなってなかったと思いますね。

ボロボロの請戸小学校を見て、1回行ったくらいじゃだめだなって思った。

上田さん:その時に色々と見て回って感じるものがあって。その時はまだ浪江の請度小学校が震災遺構としてオープンする前、あのボロボロになったままの状態を外から見て。それで、やっぱり1回行っただけだと、これはだめだなって思ったんです。そのあとも定期的に行こうと思ったんですけど、関わる手がかりがその時は分からなかったんですよね。

話を聞きながら見て回ることで、その地域のストーリーが見えてきた

上田さん:震災とは関係ないけど、常磐炭鉱の跡地にも行って。

常磐興産OBの方がずっと案内してくれて、色々話を聞きながら見たんですよね。その方のいろんな話を聞いていると、そもそも福島の原発っていうのが、ただ単に原発としてあったんじゃなくて、常磐炭鉱の斜陽化があって、それもあって原発を誘致したみたいな流れが見えてきたんですよね、そうすると地域のストーリーが見えてきて。そういうのって大切だなって思ったんです。

いわき市常磐炭鉱選炭場跡地

しかし、廃墟の写真を撮り続けることに疲れてしまった時期も

上田さん:あと、地域の写真を撮っていたんですけど、だんだん自分が疲れてきたんですよ。自分が廃墟写真家みたいになっちゃって。すごい光景ばかりじゃないですか。

双葉町 消防団分署跡地
大熊町市街 人の住むエリアの目の前に帰宅困難地区

双葉の東日本大震災・原子力災害伝承館の「原子力明るい未来のエネルギー」の看板とか、ぼろぼろの街ばかりみていると疲れてきてしまって。ここには人がもういないのかな?みたいなことを考えていたんです。

そういう時期に、地域と関わりたいと思っているから、いろんな地域から「移住しませんか?」っていう案内が山のように来るんですよ。でも正直、移住しませんか?っていわれてもなあ…って思っていて。

「大熊に遊びに来ませんか?」のお誘い。これなら自分も関われそう!

上田さん:その時に大熊町のまちづくり公社の方が面白い取り組みをされていて。移住しませんか?じゃなくて、大熊に遊びに来ませんか?と。遊びに行くんだったらいいな。みたいに思って、それで1日だけのツアーで大熊町に行ったんです。

ゆうか:じゃあ大熊町と関わるようになったのは、わりと最近ですか?

上田さん:はい、2年半前の夏ですね。
そこで大熊で紹介されたのが、OIC(大熊インキュベーションセンター)とKUMA・PREだったんですよ。

KUMA・PREでのイベント

「コミュニティ」や「人の活動」を写真に撮ってみたいと思うように

上田さん:そこで、少しずつですがこうやってコミュニティができていて、人の活動があるんだったら、それを写真に撮ってみたいなって思うようになって。当時KUMA・PREのリーダーだった方と親しくさていただいていて、彼は大熊の姿をずっとみていらっしゃったので、大熊の変わっていく様子を映像に残していけたらいいですね、みたいな話をしていたんです。

大熊町夏祭り
おおくまキウイ再生クラブの活動
おおくまキウイ再生クラブの活動

その頃から自分の中で、大熊で写真クラブを作って、この様子を残していかないといけないんじゃないのかな、という気持ちが芽生えたんです。それで、最初は自分で小さく動いていたんですけど、1年ほど前から大熊写真クラブをつくろうよ!と声をかけて仲間を集めて作ったんです。

ゆうか:そうだったんですね。いろんな気持ちの変化があって、できあがった活動なのですね。

ふくしま未来創造アカデミー受講後の心境の変化

ゆうか:アカデミーのプランを立てる前から写真クラブの活動はされていましたよね、でもアカデミー受講後に写真クラブの名前を変えられていると思うのですが、アカデミーを経て心境の変化があったのですか?

上田さん:はい、もともと大熊写真クラブというネーミングにしてはいますけど、僕の中では大熊に限定するつもりはなかったんですよ。あのエリア全体の今の姿を写したいっていう気持ちだったので。知り合いが多かったっていう理由で、大熊町を拠点とすることにしたんです。だから、僕の中ではあんまりそこにこだわりはないんですよね。

今回のアカデミーを通して、「大熊写真クラブ」の名前を英語に変えてみると、大熊町だけに限らず広がりも生まれてくるかもしれない、ということで、ある意味戦略的に「Oh!KUMA」に変えてみたんです。

ゆくゆくは大熊に限らず活動していきたい

ゆうか:そうだったのですね!じゃあ、少し先の話になってしまいますが、今後は大熊に限らず活動を展開していく予定なのですか?

上田さん:そうですね。ただその意味で言うと結構息が長いし、少しずつ作っていって、広げていく必要があると思っています。大熊でも何年もかかると思うんです。だから大熊で仕組みを作って、双葉や他のところでも展開できるような土台を作っていきたいと思っています。

南相馬市 相馬野馬追
富岡町 夜の森桜祭り よさこい踊り

第1回「Oh!KUMA写真クラブ」の企画内容について

ゆうか:今回、「Oh!KUMA 写真クラブ」に改名してから第1回目のイベントを開催されたと思うのですが、どのような企画にされたのですか?

上田さん:今回は、知り合いの地元の方に案内をしていただいて。この企画は、もともと大熊に住んでいた地元の方に自分たちの思い出の場所を案内してもらう、そして企画に参加した人が、自分たちの感覚で写真を撮る、それをみんなで鑑賞しながら話をする、という内容にしているんです。写真の発表会っていうよりは、ここはこういう見方があったのかとか、これは全然知らなかったとか。そういう話をする機会になれば良いなと思っています。

第一回目のツアーに関しては、こちらの記事でレポートされていますのでぜひご覧ください。

note(ノート)
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同じ場所でも、人によって撮り方が違うのが面白い

上田さん:例えば、大野駅から見える廃墟になってしまった家があるんですけど、参加者の方が撮影した写真の1枚が、夕方に撮った写真だったので光線が綺麗で。その光線を見せたくて撮ったんですか?って聞いたら、「いや、大野駅がこんなに綺麗な建物なのに、その向こうにある家はボロボロなのが印象的で撮ったんです」と答えたんですよ。僕としてはそういう撮った人と見る人のギャップが面白くて。

ゆうか:確かに。同じ場所でも、撮る人によって全然違いますよね。

上田さん:ですよね。なんで同じところを撮っているのにこの人はこんなに良い写真を撮るんだろう?って思うこともありますよね。笑

人間全員視点が違うから、同じカメラで同じ場所から撮っていても、絶対違う写真が撮れてくるんですよ。そういうところを参加した方に感じていただきたいなと思っています。

地元なのに、もともと住んでいた地域の方が居場所が無くなっていくように感じてしまう

上田さん:今回のワークショップで地元の方に案内いただいたのは、僕がこの町に訪れるようになって、元々住んでいる地元の方と、移住者との間に距離を感じたからなんです。2期生のアカデミーのなかでも、「この町には若い人の輸血が必要なんだけれど、やっぱりそこに自分たちの居場所がなくなっているように感じてしまう」という大熊町の方の話を聞いて、それがみんなショックで。

でもこれは逆にチャンスかもしれないなって思ったんです。

ワークショップが、地域の方がまちづくりに参加するきっかけになったら

上田さん:相双エリアにどんどん若者が移住してきて、元々住んでいた地元の方は、なんか楽しそうなことやっているな、入ってみたいな、でもどうしたら良いのかわからないな、みたいな。そういう風に思っている人がすごく多いんじゃないかって思っていて。

地域の方が主役になって、若い人や移住者と地元の人が交流する場を作ることが、この写真ワークショップの基本的な考えです。

そこでワークショップでも、もともとその地域に住んでいて、地域を知っている方に話をしてもらうとか、要するに、地域の方々にまちづくりに参加してもらう、というのことをしたいなと思ったんです。

ゆうか:そうなのですね。関係人口の視点からみても、地域で活躍するキーパーソンの話を伺う機会はイベントなどであっても、その地域に昔から住んでいる地元の方と話せる機会はなかなかないので、とても興味深いなと思います。

第1回目の参加者は20代が半分くらい。スマホ一つで気軽に参加できる企画!

ゆうか:今回のワークショップはどのような方が参加してくれたのですか?

上田さん:第1回目は人数を目標とせず、参加したい人に参加してもらったんですけど、半分くらいは20代でした。元々、大熊に学生のプロジェクトで、「ハチドリプロジェクト」っていうのがあって。そこから来てくださった方もいらっしゃいました。

ゆうか:ワークショップ自体も専門的なカメラを使わずにスマホカメラで撮りますし、気軽に幅広い年齢層の方が集まってコミュニケーションが取れる企画だなと感じます。私も第2回目は参加させていただく予定なので、今から楽しみです。

上田さんの想いの詰まったOh!KUMA写真クラブ。第2回は2024年3月30日に開催!

上田さんにお話を伺ったら、福島を訪れて感じたことや写真を撮っているうちに生まれた気持ちの変化を大切にしながら、強い想いを持って活動をされているのだなと改めて感じました。

写真好きな方はもちろん、普段はそこまで写真を撮らない方でも、「地域の方と話をしてみたい」「参加者の皆さんといろんな視点をシェアしたい」「地域に関わるきっかけが欲しい」と思っている方に、ぜひご参加いただきたいワークショップです。

「第2回 Oh!KUMA写真クラブ」のイベントは、2024年3月30日(土)に開催予定です。詳細は下記ページをご覧ください。

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この記事を書いた人

Yukaのアバター Yuka Web・写真担当

ふくしま未来創造アカデミー1期生。
Webサイトの運用を担当しています。
宮城県仙台市出身。祖父母の住んでいる福島が好きで、アカデミーを通して東京相双化計画を考えました。
趣味の写真で、相双の魅力や活動の様子を楽しくお伝えします!

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